Review on Asahi Simbun News (Japanese)

“Nuclear Nation” was reviewed by Nami Hamada, Asahi Shimbun News.
震災映画「ありのまま」の力 ベルリン映画祭4作品
 東日本大震災の被災地や原発の問題を主題にした「震災映画」が続々と生まれている。19日に閉幕した第62回ベルリン国際映画祭でも日本からの4作品が上映され、多くの観客が鑑賞し、議論した。ベルリンの熱い反応は、「震災映画」にとって情報力や発信力が重要であることを改めて印象づけた。
 厳冬下のベルリン。映画祭2日目の夜、満席の会場は熱気に包まれていた。埼玉県に自治体ごと避難した福島県双葉町を追った舩橋淳監督「ニュークリア・ネイション」が上映された後、観客席と監督との間で活発な質疑応答が交わされた。
 「原爆の悲劇を経験した国なのに、なぜ日本は原発をやめないのか」「震災から1年近く経つのに、なぜ被災者の生活は改善しないのか」「なぜ町長は原発を推進してきたのか」――。
 質疑を終えた舩橋監督は「日本で起きている問題を敏感に感じ取ってもらえた」と手応えを感じた様子。この映画の上映を決めたフォーラム部門ディレクター、クリストフ・テルヘヒテさん自身も「日本で何が起き、どうなるのか。観客は自国のことのように受け止めている」と驚いた様子だった。
 ドイツは2022年までの「脱原発」を決めた自然エネルギー先進国。1986年のチェルノブイリ原発事故の影響から、原発に対する市民の問題意識は一貫して高い。今回、東日本大震災の被災地をテーマにしたドキュメンタリー作品3本と、ジェネレーション部門で特別表彰を受けた平林勇監督のアニメ作品「663114」が出品され、いずれも満席や満席に近い状態が続いたという。
 気鋭の作品を集めたフォーラム部門で上映された3本は、10本以上の応募があった「震災映画」の中から絞り込まれた。選考基準について、テルヘヒテさんはこう振り返る。「応募作品の多くが、あの災害の直後、作品としてのプランもないままに被災地に向かい、映像を撮ったと思われるものでした。選んだ作品は時間をかけて温めたプランがあり、ビジョンがあった」
 プランもビジョンもない映画は、たとえ東日本大震災をテーマにしたとしても評価しがたいというテルヘヒテさんの言葉は、なかなか示唆的だ。昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭などで震災映画の特集企画が組まれ、評論家をうならせるなど、良質な震災映画も生み出されている。恐らく今後も続々と制作される中で、「震災映画はどうあるべきか」「どうあってはならないか」といった問いが発生する。
 同じくフォーラム部門に「無人地帯」を出品した藤原敏史監督は、「少なくとも、この種の映画を撮るときに、撮る側の主張のための映画であってはならないと思います。主人公はあくまで被災者であり、被災地のはず。作り手としてのバランスが重要」と語る。
 冒頭、ひたすら映し出される破壊し尽くされた浪江町の光景が印象的な「無人地帯」では、被災地の人々の暮らしぶりや心情を監督が聞き出し、生の声として記録している。
 映画祭を取材していたベルリン在住のスペイン人ジャーナリスト、ラファエル・ポクデフリューさんは、日本の震災映画を見た感想を「ありのままの被災地を映しだした映像から日本人の穏やかな考え方やふるまいを知り、とても興味深いと思いました」と述べた。論点に応じて素材の編集が必要となるジャーナリズムとは異なり、対象を「ありのまま」に提示することが映画には可能だ。「世界は日本の本当の現状を知りたいと思っている。そのニーズにとって、映画はとても有効なメディアです」(ベルリン=浜田奈美)

Atsushi Funahashi 東京、谷中に住む映画作家。「道頓堀よ、泣かせてくれ! Documentary of NMB48(公開中)」「桜並木の満開の下に」「フタバから遠く離れて」「谷中暮色」「ビッグ・リバー 」(2006、主演オダギリジョー)「echoes」(2001)を監督。2007年9月に10年住んだニューヨークから、日本へ帰国。本人も解らずのまま、谷根千と呼ばれる下町に惚れ込み、住むようになった。

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